京都の歩き方



京都の楽しみ方はそれぞれだが、要所を押さえて満足いく観光をしたいもの。
そこで筆者なりの京都の歩き方を紹介したい。
京都は地図と場所さえ把握してしまえば、あなたが考案するルートが何通りも完成する。
時間がある限り、いくらでもスポットを回ることができるので、何通りか考えてみて欲しい。
あくまで今回紹介する「歩き方」は参考、もしくは土台にして頂きたい。

京都をまずはのんびり歩いて、ゆっくりとモードに入っていくために、まずは哲学の道を軽く散歩。
歴史的にも有名な道であり、哲学者の西田幾多郎が思索にふけりながら歩いたことから、「哲学の道」と名づけられた。
春の桜は哲学の道をピンクに染め、ついつい長居してしまう。
特に目的があるわけではないのだが、そこにある風景に魅了されてしまうのだ。

哲学の道を歩いたら、銀閣寺へ向かう。
銀閣寺は現物の状態が今日まで続いてたわけではなく、16世紀中ごろになると少しずつ本来の建物が失われたという。
つまり、義政が建てた銀閣寺と変わらぬ姿のままあるのは、銀閣と東求堂のみなのだ。
実際のところ、総合的にみるとすべてが銀閣寺とは限らないのである。
庭園も同様で、整備されたのは近世以降となっている。
そういったことを考えながら、拝観すると、また違った思いで銀閣寺を見つめることができる。
あの時代から銀閣の周囲にあったものが、現物のものとどれだけ離れているのか・・・。
少々悲しげな銀閣にも見える。

そんな気持ちを持ちながら、平安神宮に。
応天門が見ると、どこか心の持ち方を学べる気がする。朱塗りが美しい。
そこから境内ではいえると、平安京を彷彿させる世界に一変する。
ここでもインパクトある朱塗りの大極殿や回廊で結ばれた楼閣の圧力を感じ、心引き締められる。
神苑は、本殿の東隣から時計回りに中神苑、東神苑、南神苑、西神苑となっており、それぞれの個性を感じる。
まるで人間の世界を表現しているかのよう。
意味があって建てられたものばかりなので、どういったコンセプトがあったのか気になって仕方がない。

最後に、吉田神社へ足を運ぶ。
京都大学正門の東の吉田山に位置しており、859年に奈良春日の神を招いたとされている。
平安京の鎮守社としたのが神社の起こりなんだとか。
ここでお参りして、ぶらりと周辺を歩く。

以上が筆者の歩き方ではあるが、道はルート通りではなく、完全に自己満足で臨機応変。
すんなり回りたいのであれば、筆者のケースだと、銀閣寺~哲学の道、もしくは哲学の道~銀閣寺ということになる。
京都の歩き方は観光スポットで何を思うかが大切なのかもしれない。
それに観光だけに集中するのも、あまりよくない。
食べ歩きや買い物などを挟みながら、心が充実していくように歩くことをおすすめする。

「ありのまま」に歩くことができれば、それ以上のものはない。
Photo by (c)Tomo.Yun

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